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福岡高等裁判所 昭和54年(く)34号 決定

少年 T・T子(昭三六・四・一一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○○○が差し出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、要するに、(一)、少年保護処分の効果は、審判機関である家庭裁判所と少年及び関係人との信頼関係の度合いによるものであるところ、本件は、警察官が、少年と少年をとりまく暴力団関係者の覚せい剤取締法違反事件を捜査していることを知つた少年の父親が、警察官に協力するため、少年を説得して警察官の取調べを受けさせるとともに、少年を誘感する暴力団関係者が逮捕されるまで少年の身辺保護のため収容して貰うこととして少年を少年鑑別所に送致して貰つたもので、その後暴力団関係者が逮捕された結果、少年及び保護者らは、家庭裁判所の審判では保護観察処分となつて自宅に帰されるものと信じていたのに、福岡家庭裁判所は、少年を中等少年院に送致する決定をしたのであるから、家庭裁判所と少年及びその保護者らとの信頼関係は全く失われるにいたつたものであつて、かかる処分では少年保護の効果は期待できない。

(二)、少年院は、理想的形態としては少年法の理想を実現しているのであるが、実際的現実の世間では伝統的な刑務所と区別されていないのであるから、かかる社会の現実においては、少年を少年院に収容しないことが少年の健全な育成を期する所以である。(三)、少年は深く反省し、少年の父母は少年に深い愛情をもつていて将来の監督を誓つているので少年には保護観察処分が相当である。というのであつて、結局、少年を中等少年院に送致する処分をした原決定は著しく不当である、というのである。

そこで、本件少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して考察するに、少年の性格、資質、生活態度、生活歴、家庭環境、保護者の保護能力などは、原決定の判示するとおりであつて、ことに少年は、すでに小学六年時には好奇心によるとはいえ喫煙を開始し、中学三年時には喫煙は頻繁になるとともにスーパーマーケットで菓子やレコードを窃取し、高校一年時には暴走族の他の男の少年達とドライブに行つて肉体関係をもち、以後夜遊びと不純異性交遊が度を増し、その後、ボンド、シンナーの吸入を始め、高校二年の昭和五三年六月には、金欲しさから数回売春したことが学校の知るところとなり、退学のやむなきに至つたこと、にもかかわらず、少年は、その後も不純異性交遊はますます繁くなり、暴力団関係者と交際を始め、昭和五三年一〇月頃からはモーテル等に行き、覚せい剤を注射しては性交する、自宅や職場にも暴力団関係者や暴走族の少年達が誘いに来るなどの状況となり、昭和五四年一月中旬には少年の妹T・E子をも同種非行に巻き込むに至つたことなど、無軌道で、欲求に対する抑制力は殆どなく、その非行性は相当に深刻化していることが認められるとともに、これに対する保護者の適切な指導監督もなされた形跡は認められないことなどを総合考慮すると、少年が反省し、両親が将来の監督を誓つている事情を斟酌しても、少年を矯正するには在宅保護をもつてしてはもはや不可能であり、収容保護によるほかないものと認められる。少年院は刑務所とかわらず、そこに収容しても少年の健全な育成を期することはできないとする抗告申立人の所論は、少年院の実態を理解しないためのものというべく、当を得たものではない。また、少年保護事件においても、他の場合と同じく信頼関係が重要なことは言を俟たないところであるが、所論の信頼関係が当を得たものとは認め難い。けだし、家庭裁判所は、国家的、高次の立場から、少年の更生を考えて処遇するのであつて、少年の家族を含む個個人の、個人的、恣意的な希望、見込み等によつてそれを決するものではないからである。

そうすると、少年を中等少年院に送致した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桑原宗朝 裁判官 池田憲義 寺坂博)

〔参照一〕 抗告申立書

抗告趣意

T・T子に対する中等少年院送致(長期)の、本件保護処分の決定は著しく不当である。

(一) T・T子に対し、何等かの保護処分の決定あるべきことについて異存はない。

保護観察に付するか、長期の中等少年院送致にするか、短期の中等少年院送致にするかが問題である。

この決定の選択が、之からの少年の運命を左右することになる。

本件に於てT・T子とその保護者等に最初に密接に接触した司法警察員の少年事件送致書における意見は、「今回は保護観察処分が相当」というのであり、少年鑑別所の総合所見によると「今回の観護措置は少年にとつてショックとなつており、『今後は両親の注意を守り、友人関係に気をつけて行きたい』と述べているが、……収容して規律正しい団体生活のもとで健全な生活慣習を養うと共に女性としての行儀作法や家庭生活に必要な智識技能を身につけさせながら精神的生長を促したい」(少年院でかかる理想が実現できるというのであろうか?)というのであり、家庭裁判所の調査官の意見は「中等少年院送致決定(長期)を相当と思料する」というのである。

少年に対し如何に処遇するかを考えて頂いた国家機関の判断は三様にわかれた、収容を主張している人々は収容が少年の心理に与える強い影響や、現実の社会の反応を考えて頂いたであろうか。

(二) T・T子の本件事案は、次のような経緯で審判になつている。

T・T子が暴力団員に騙されて、覚醒剤を打たれることがあるらしい事は、その頃父T・Dも気づいていた。本年四月中旬頃○○○警察署(管轄の○○警察署ではない。)の○×刑事から、T・T子宛に調べたい事があるから警察に来てくれという電話があつたが、T・T子は之に応じなかつた。しかし父T・DはT・T子の覚醒剤の事に気がついていたので、○○○署に○×刑事を訪れたところ、覚醒剤の問題であつたので、T・T子に対し警察署の取調に協力して、今後第二、第三の被害者が出るのを防ぎ、早く犯人が逮捕されるように、ありの儘を○×刑事に話すよう強く説得した。そのためT・T子は一週間後の○×刑事の呼出しに応じ○○○署に出頭して取調をうけることとなつた。T・T子は○○から○○○署に通い三、四回取調をうけ、○×刑事も○○に二、三回出向くという形で取調がすすめられた。この事を知つたらしい犯人たちがT・T子に電話してひつぱりだそうとしたり、周辺に寄りついてくる気配があつたので、T・T子を守るため、父T・Dは○×刑事に犯人(A、B等)が逮捕される迄T・T子を安全な場所に収容して貰い、逮捕さるれば釈放して貰うよう依頼した。○×刑事も之を了解し福岡鑑別所に収容して貰う手続をとつた。一方T・T子は只犯人逮捕のために警察に協力しているつもりであつたのに突然収容されたので大きなショックをうけた。父T・Dは五日毎にT・T子と面会し、T・T子の身辺保護のために○×刑事に依頼し、ここへ収容して貰つたもので、犯人が逮捕さるれば出所さして頂くことになつているから、それ迄は過去の自分の行動をよく反省して、かるがると人に誘われる事のない様に修養するよう言いきかせ、T・T子も之を信じて収容を納得し、犯人の逮捕と出所の日を心待ちしていた。他方○○○署が主力を集中していた、犯人A、B等も逮捕されT・T子の協力は実つたのである。(右事情は本件記録並びに鑑別結果総合所見中に「今回の観護措置は、少年にとつてショックとなつており『今後は両親の注意を守り友人関係に気をつけて行きたい』と述べている」とある事や父T・D等の上申書、T・T子が鑑別所収容中妹T・E子や父T・Dに宛てた手紙(以上編略)によつても明らかである。)

(三) 勿論T・T子自身反省すべき点は多々あるが、事件当時T・T子は十七歳の少年であり、之が暴力団の甘言に乗せられて覚醒剤を打たれ、不純性行に走らせられたのであるから、T・T子の父母等はT・T子は暴力団の被害者と意識している。○×刑事にもT・T子にもその意識はある。

本件審判当時は己に犯人は逮捕されていたので、本人T・T子は勿論父T・D、○×刑事も保護観察処分になり釈放されるものと心から信じていたのである。ところがその結果は中等少年院送致(長期)という事であつたのでこの人等は驚いた。T・Dは決定後直ちに○×刑事に報告したところ、同刑事もそれはひどすぎるから再考して貰うようにと注意したという。

この決定に対する父T・Dの考えは、上申書に詳述されている。附添人は筑紫少女苑で○○分類保護課長立会の下でT・T子に約一時間面会し事情詳細を聴取し、最後に、今回の事件で特に言いたい事はなにかと質問したところ、同人は「○×刑事さんとお父さんが犯人が逮捕さるれば、すぐ出所出来ると嘘をついたこと、自分は反省して、今後人のさそいにのつて前のような事は絶対にしないと決心しているのに係の人がそれを信用してくれないのが残念でなりません」と答えた。少年の心が無残に踏みにじられようとしているように感じられます。

(四) 保護処分の効果は、審判機関である家庭裁判所と少年及び関係人との信頼関係の度合によると言われている。

本件に於ては、本件保護処分に至る経緯からして、前述したようにT・T子及びその関係人が全く予期しなかつた中等少年院送致(長期)の決定によりその信頼関係は全く失われている。

保護者T・Dは少年T・T子の信頼を裏切つた結果になつた事を日夜悩んでおり、少女苑にT・T子を訪れる母T・K子も只手をとりあつて泣いているばかりで、話す言葉もない様子である。

勿論少年院は理念的形態としては、少年法の理想を実現しているものであるが、実際的現実の世間では伝統的な刑務所と区別してはいない。少年院で如何に立派に教護された少年であつても、所謂世間は之を受け容れない。世間が悪いと言つても現実には何の役にも立たない。

現在の社会の現実に於ては、出来ることなら少年を少年院に収容しない事が少年の健全な育成を期す所以である。

少年T・T子の保護者である父、母はT・T子に深い愛情をもつており、T・T子の将来の監督を固く誓約している。この父、母の愛情の下における監督によつても健全な育成が期し難いというのでは、少年院の収容によつてはなおさらである。又T・T子と保護者等も、仮りに自己等に負わせられた責任において、T・T子が崩れていつたのであれば、まだあきらめがつくと思われるが、少年院の収容によつて崩れたということであれば(この可能性は大きい)生涯あきらめきれない事と思われる。

又調査官は、暴力団から少年を保護するため、少年院収容を必要とする旨の意見を述べられているが、T・T子を誘惑した暴力団の首領格のものは己に検挙されており、保護者等に於てもその方の心配はない旨確信しており、警察もその点十分見とおしの上保護観察処分相当の意見を付しているものと考えられる。

(五) 以上の理由により本件は少年T・T子をその保護者である父、母に引渡し保護観察に付するを相当として、原決定の取消しあるべきものと思料します(なお右決定については、少年審判規則四九条による保護者父T・D及び少年T・T子を取調て頂くよう御願いします)。

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